6月10日(金)、午前中、 アシックスさんがご提供して下さった当活動のメッセージTシャツと、 ロクシタンさんからのご提供品を車中ぎっしり詰めて東北道をひたすら北上。 一足先に三屋さんを含む3名が一関入りし、翌日からの活動に備えました。
6月11日(土)。震災から3カ月のこの日、
予報通りの小雨の中、禅宗曹洞宗「寶鏡寺」さんへ。 伊達藩と非常に深いつながりを持つ当山のご住職は、 当プロジェクトの主体でもあるNPO法人健康寺子屋の本拠地、 東京都新宿区四谷の「笹寺」に40年近く前に務められたお坊様。 気仙沼の被害のお話を伺い、 ご本尊やご位牌堂に祀られた震災被害者をお参りしました。
当山は、震災後に宅急便などのライフラインが閉ざされた気仙沼にて、 ボランティアによる集配所を担っていらしたそうです。
いよいよ午後から避難所への訪問がスタート。
先ずは「新月中学避難所」。 昼食時間に到着をしたために、先ずは新月中学女子バレー部に対面。 バレーボールの三屋コーチらしいメッセージが届けられました。
そこへ 小さなパネルを抱えた女性が・・・ この方は 三屋ファンと仰る近隣の震災被害者。 家財が流された瓦礫の中からご自身のバレー部時代の写真が 泥まみれで見つかり、自衛隊の方から届けられたとのこと。
その写真を抱きしめて、大好きな三屋さんを涙ながらに・・・
新月中学避難所の方々との交流はTシャツのプレゼントに始まり、 そのTシャツを全員が着用して ストレッチからボール運動へ。 ここから元全日本選手の井上謙さんと田中直樹さんと南由紀夫さんも合流。
最もご高齢者だった90歳のお父さんが、 三屋車を見送りに来て下さり「元気でな~」 「お父さんこそ元気ね」・・・見えなくなるまで 手を振って。
二つ目の訪問先は 「気仙沼市総合体育館」。
震災当時は1000人以上が過ごした大規模な体育館は、 現在も400人が生活をして、居住スペースが4つにわかれていました。
先ずは 体育館のボランティアの方々の指示に従い、 メッセージTシャツとロクシタンのシャンプーを配布。 夏物の不足している体育館では 大行列ができて、 あっと言う間にTシャツは被災者の方々の手に。
400名を超える被災者の方々を全て平等に・・・ということは難しいことです。 そこで、限りのある物資提供を逃してしまった方々を伴って、 ピンクボールとそれを使った体操を大体育室から離れた武道場で行いました。
ピンクのボールの登場で道場内は大熱気。 1つ1つのボールをストローで膨らます私たちに「頑張れ~!」と大声援。
「明日からこのボールでやろう!」「最高に本当に楽しかった」 そんな言葉に本当に慰められました。
三つ目の訪問は「階上中学避難所」
気仙沼の中でも 最も被災の大きかったと言われるこの避難所では 30名程度の被災者の方々がメッセージTシャツを着用して、 お手玉からバレーボールまでを楽しんで頂くことができました。
「汗かいたの 久しぶりだ~。楽しいね!」という被災者の方に 「今日は このシャンプーで体洗ってね?」とロクシタンシャンプーを・・・
自衛隊の方々にも 「本当にご苦労様です。少しですけれど今日の疲れを癒して下さい」 そっと シャンプーを手渡す三屋さんでした。
夕方、一同は1時間半の車移動の末、宿泊地一関へ。
2日目の様子は引き続きご報告します。
<参加者・五十音順・敬称略>
バレーボール元選手 井上謙、田中直樹、三屋裕子、南由紀夫
NPO法人健康寺子屋 大塚真里子、野中真代